頭の中に完成形は出来ているか
著者: 北村 浩久ゲーム開発現場では、インタラクティブにレベルデザインやアートワーク作業を行える環境が求められています。近年では個人でも使える無料のものから大規模プロジェクト向きのもの、またはインハウスツールまで、そのような要求に応えられる環境も増えていて、活用することで開発にとってプラスに働くことも多いでしょう。
しかし、ゲーム作りもビジネスです。原則としては最初に設計した通り円滑にプロジェクトを進め、トライ&エラーを繰り返す作業は本当に必要な最小限に絞り、期間内にゴールへ到達しなければなりません。「インタラクティブに作業出来る環境=生産性が高い」といえるのは、「トライ&エラーを繰り返す必要のある作業は最小限に」という前提が守られているときだけです。この事はインタラクティブな環境に慣れてしまうと段々薄れがちなため、強く意識し続ける必要があります。経験が浅いうちからそのような「高級」な環境を与えられていたならば、尚更です。重要なのは、どのような環境で開発するにしても「頭の中に完成形は出来ているか」という意識です。
「頭の中に完成形は出来ているか」と自己に問う必要があるのはディレクターやリーダーだけではなくプロジェクトに関わる全員です。誰にとっても他人事ではありません。仕様書を書くとき、モデリング、モーション、エフェクト、マテリアルを作成するとき、プログラムを組むとき、そしてゲームの核となる遊びを構築するとき……。
あらゆる作業で、全員が「頭の中に完成形は出来ている」必要があります。もちろん、個々の工程においても、1つのゲームとして評価したときも、予想外の結果が出る事はあるでしょうから、ひと区切りついたところで客観的な意見をもらう事も大事です。しかし、1つ1つの作業やチーム内で担当する箇所の完成イメージを誰も持たなくなったら、妥当なコストで完成に辿り着くのは困難になります。期限切れになって半ば強制終了させられるか、別のチームから派遣された誰かに強制介入されて事なきを得るかもしれませんが、そんな事は避けたいところです。
「動かしてみないとわからない、難しい事は分からない」と要検討だらけの仕様しか書けない、調整結果がインタラクティブに反映出来ない箇所は良し悪しが判断出来ない、苦情が来ないとエンジンやツールの設計ミスに気づかない。……そんな事は無いはずです。少しでもイメージの具体性を高めて、頭の中の完成形をアウトプットする思考を心掛けてください。職種の壁を越えて自分自身がゴールへ向かってキックしなければ完成しないと思うくらいで丁度良いと思います。プロジェクトまたはチームがうまく機能していないとき、その大半は、皆の頭の中から完成形が失われているときです。「頭の中の完成形」を常に強く意識し、プロジェクトで共有することは、どんな優れたツールやプロジェクトマネージメント手法よりも強力な武器となるはずです。
これらの事は、技術と芸術が融合した分野で顕著に見られます。つまり、近年のゲーム開発そのものです。特にテクニカル・アーティストとしての実務経験のある方なら、完成形が見えている事の大切さを理解されていると思います。パイプライン構築や、汎用化出来ないプログラム要素込みのエフェクト作成作業は、結果を見ながら途中で何度も作り直す事が困難だからです。経験あるスタッフが迷わず完成形に向かって進む事で、大幅なクオリティアップとコストの削減が見込めます。ゲーム制作が「遊び」主体から「ユーザーエクスペリエンス」主体にシフトするにつれ、これまで以上に「頭の中に完成形が出来ている」事が重要になってくるでしょう。