バランスの破綻を防ぐゲームデザイン
著者: 下田 賢佑何故ビデオゲームをプレイすると興奮したり感動したりするのでしょうか? それは、「こう生きたい」という自身の価値観を再確認し、それが世界に通用する事を知るからではないでしょうか? もし、ゲームの存在意義がプレイヤーの価値観の多様性を受け入れる事にあるならば、ゲームバランスとは価値のバランスに他なりません。「必勝法」「攻略法」「効率的プレイ」、呼び方は色々ありますが、そのゲーム世界における「支配的な価値観」の存在に気付いた時、またそれが自身の価値観とかけはなれた物であった時、プレイヤーはゲームへの愛を失うでしょう。なのでゲームデザイナーは、特定の価値観が優遇されていないか、それ以外の価値観が無視されていないかに常に気を配ります。私が最初にゲームデザイナーとして開発に参加したMMORPG「ファイナルファンタジーXI」では、それはなんと10 年も続いています!
ゲームデザインの段階でこのリスクを回避する方法を考えてみましょう。ここでは、私の代表作となるiOS 用サッカーシミュレーションゲーム「バーコードフットボーラー」(サイバード)を例にします。このゲームではフィールドプレイヤーとゴールキーパーに様々な能力値が設定されていて、シュートやその他のプレイの成否判定に影響します。選手の個性、そしてプレイヤーの価値観の多様性を実現するためにパラメーターを多く用意しました。選手がレベルアップすると、プレイヤーはこの中から好きなものを一つ選んで数値を上げることができます。ここでどの能力値を上げるか、その選択で価値観の多様性を実現したいと思いました。
さて、能力値パラメーターの数が多いと当然バランス取りも大変です。プレイヤーがある能力値しか上げない、あるいはある能力値を全く上げないという事にはなってはいけません。また、逆に初心者プレイヤーがどの能力値を上げて良いか分からなくなっても困ります。そこで、全てのシュートパターンにおいて、「決定力」を成否判定に用いること、そのうえでシチュエーションに応じて適切な能力値を参照することにしました。ここで注意すべきは、計算式において「決定力」とそれ以外の能力値を等価にしないことです。例えば、単純に
シュート力 = 決定力 + キック
という計算式だった場合、「決定力」を上げるのも「キック」を上げるのも変わらない事となります。これだとプレイヤーはただ「決定力」だけを上げるでしょう。そこで、以下のようにシチュエーション別に「決定力」以外の能力値の価値を上げました。
シュート力 = 決定力 + キック * (1 + α)
シュート力 = 決定力 + ヘディング * (1 + α) etc...
「決定力」はシュート力を全体的に底上げし、その他の能力値は対応したシチュエーションにおけるシュート力をより効果的に上げる。この価値のベクトルの差異により、能力値の振り分けにおけるプレイヤーの選択に意味が生じました(そして迷ったら「決定力」を上げれば良いのです!)。この他にも、例えばラストパスの成否判定においては「アシスト」とその他の能力値、ゴールキーパーのシュート阻止の判定についても「セービング」とその他の能力値で同様のバランスを実現しています。
上記はサッカーシミュレーターの例ですが、例えば、たくさんの武器種類や攻撃方法に応じた熟練度が存在するようなファンタジーRPG でも同様のバランス設計が可能でしょう。また、ここで述べたのはあくまでデザインの一例であり、ゲームメカニクスによって方法論は異なるでしょう。私自身も様々な方法を試しています。興味を持たれた方は是非「バーコードフットボーラー」等私のゲームデザイン作品を一度プレイして頂けると理解が深まるのではと思います。